2026年8月24日 長野県誕生150周年

オープニング演奏やオリンピアン・パラリンピアンによるトークショー、サテライト会場のパフォーマンス中継などが行われ、最後にメイン会場・サテライト会場・パブリックビューイング会場・オンライン参加者がウェブでつながり、参加者による県歌『信濃の国』の合唱で幕を閉じました。
現在の⻑野県は、統合と再編を繰り返し、1876(明治9)年8月21日に誕生しました。
- 明治改元直前の1868(慶応4)年
府藩県三治制により幕府領をまとめた「伊那県」が発足。旧信濃国は伊那県と諸藩領により構成。 - 1870(明治3)年
東北信地域が「中野県」として分立。 - 1871(明治4)年6月
県庁が中野から⻑野へ移り、県名が「⻑野県」に変更。 - 1871(明治4)年7月
廃藩置県により新たに松本県や上田県などが発足され、伊那県、⻑野県と合わせて14 県に再編。 - 1871(明治4)年11月
中南信の6 県と旧飛騨国が統合された「筑摩県」(県庁は松本)、東北信の7 県が統合された「⻑野県」が発足。
古くは「信濃国」と呼ばれた⻑野県は、県歌を歌える県⺠が多い県として紹介されることでも知られています。県歌『信濃の国』は現在も多くの県⺠に親しまれており、明治時代から学校教育の中で広く歌い継がれ、親から子へと受け継がれてきたことが大きな理由とされています。また、6番まである歌詞には県内の自然や名所、偉人などが登場し、歌を通じて地理や歴史を学ぶことができる「⻑野県の教科書」ともいえる存在になっています。
■県歌『信濃の国』 歌詞
一.信濃の国は十州に 境連ぬる国にして 聳ゆる山はいや高く 流るる川はいや遠し
松本伊那佐久善光寺 四つの平は肥沃の地 海こそなけれ物さわに 万足らわぬ事ぞなき
二.四方に聳ゆる山々は 御嶽乗鞍駒ケ岳 浅間は殊に活火山 いずれも国の鎮めなり
流れ淀まずゆく水は 北に犀川千曲川 南に⽊曽川天⻯川 これまた国の固めなり
三.⽊曽の谷には真⽊茂り 諏訪の湖には魚多し ⺠のかせぎも豊かにて 五穀の実らぬ里やある
しかのみならず桑とりて 蚕飼いの業の打ちひらけ 細きよすがも軽からぬ 国の命を繋ぐなり
四.尋ねまほしき園原や 旅のやどりの寝覚の床 ⽊曽の桟かけし世も 心してゆけ久米路橋
くる人多き筑摩の湯 月の名にたつ嬢捨山 しるき名所と風雅士が 詩歌に詠てぞ伝えたる
五.旭将軍義仲も 仁科の五郎信盛も 春台太宰先生も 象山佐久間先生も
皆此国の人にして 文武の誉たぐいなく 山と聳えて世に仰ぎ 川と流れて名は尽ず
六.吾妻はやとし日本武 嘆き給いし碓氷山 穿つ隆道二十六 夢にもこゆる汽車の道
みち一筋に学びなば 昔の人にや劣るべき 古来山河の秀でたる 国は偉人のある習い
北海道、岩手県、福島県に次いで全国4位の面積を誇る⻑野県は、市町村数の多さでは北海道に次いで全国2位、村の数は全国最多となります。県内の市町村は一般的に「北信」「東信」「中信」「南信」の4地域に区分され、それぞれの地域で育まれた文化や風土は、今も大切に受け継がれています。
南北に⻑く広がり標高差もある⻑野県には、地域ごとにさまざまな魅力があります。誕生から150周年を迎えた⻑野県の豊かな自然や文化、地域に根ざした魅力を、これからも広く発信していきたいと思います。

松本城(松本市)

上高地(松本市)

戸隠神社(長野市)

御射鹿池(みしゃかいけ)(茅野市)
※掲載されている情報は、撮影当時のものとなります。
撮影:総合企画部 企画広報室



















